僧侶
2019年入職
僧侶
2022年入職
自分なりの答えを見つけたいと
学びと実践を行い続ける
僧侶
2022年入職
自分なりの答えを見つけたいと
学びと実践を行い続ける
CHAPTER 01
2024年の3月まで、證大寺で修業をしておりました、島津と申します。出身は福岡県福岡市。実家は明治時代に開基した慈廣寺というお寺です。小さい頃からお寺の行事に参加していましたが、兄が病弱でしたので自分が継ぐことを考え、高校生の時に得度を取り、大谷大学に進みました。大学卒業後は、鹿児島にある大谷派の別院へ。別院では実際に法務に携わり、行事になると先生とのやり取りも含め、実践的に学び、3年間を過ごしました。その後、実家にすぐ戻る予定だったのですが、ふと「勉強はなんのためにするのだろう」という素朴な疑問が生まれました。恐らく、それまでが順調すぎていたのと、どこかに慣れも生じていたのかもしれません。「もう少し学びたい」、そんな思いの中で京都に戻り、大谷専修学院に2年間通いました。環境を変えたのがよかったのか、自分の道も定まりはじめ、講義などを受ける中で、東京の教化の現状を知りたいと考えるようになりました。実家や先生からも薦められたこともあり、東京の證大寺での修業を決めました。
CHAPTER 02
證大寺に入って一番良かったのは、学びの場が多いこと。他の寺院に法務員として勤務している友人と話をしていると、学びの機会がとても少ないと聞きます。しかし證大寺では、学びの機会がとても多く、聴くことで改めてはっとすることも多いですし、自分で解釈しながら学んだ内容を日頃の法話に活かせるのが、とても有難いですね。一番印象的だったのは「仏教人生大学」で、銀座という土地柄、さまざまな方がいらっしゃる開かれた場でしたので、吸収できることばかり。仏教人生大学では週1回のメルマガ執筆も担当していたので、日頃の学びを発表する機会となり、また自分の考えも整理できました。苦手を克服し、自信に繋がったこともあります。実はあがり症の私。一般の方もいらっしゃる、大手町サンケイプラザを会場としての毎月2回の講座では、多くの参加者の前で冷や汗をかくばかり。その上、講座の最後には、本日の法話の内容についての受けとめを感想としてお話するため緊張の日々でした。しかし「習うより慣れろ」というように回数を重ね、役割を果たすことができるようになりました。
同じく、證大寺では、京王百貨店 新宿本店にて、公開講座を毎月開催していますが、私は定期的に写経の会を担当させていただいたのも、貴重な経験です。「正信偈」や「和讃」を書いてもらいましたが、日常的にお寺にいらっしゃらない方など、普段出会えない方と接することで、「どうわかりやすく仏教を伝えるか」を考えさせられました。
CHAPTER 03
先程述べたように、メルマガや法話といった発信の機会に恵まれているのは、證大寺の一番の良さです。特に「こういう住職になりたい」という明確な目標がある人には、とてもよい場所だと思います。かくいう私も、試行錯誤する中で「門徒さんと寄り添いながら、一緒に学び、聞法していく」という目標が、より明確になりました。もちろん、目標が決まってない方でも大丈夫です。例えば、「仏教とはどういうものなのだろう」や「人は何を課題として生きているのだろう」といった疑問を抱いている方。「そもそも、生きることとは何だろう」ということを知りたい、わかりたいという方にはぴったりの場所だと思います。目標を探している人にとっても大きな刺激となる環境があります。日々の法務の中や、毎朝の法話の中にきっと答えは隠れています。「お坊さんができることとは?」という課題に、日々向き合えるのではないでしょうか。
CHAPTER 04
東京はいろいろな地方から移り住む方が多い土地ゆえ、生まれ育った福岡と比べ、お寺と門徒さんの距離が少し遠いように感じることもありました。また證大寺ではお墓を通して新たなご縁を持つ方もいるのでなおさらでした。だからこそ、忘れかけていた「同じ目線に立つ」ことが学べました。よく知っている方だけではなく、初対面の方とも関係をいかにつくっていけるかということも学ばせていただきました。今後は地元で、門徒さんのお話を伺い続けることが私の任務になりますが、人の苦しみはお坊さんですらどうこうすることはできません。「こうだよ」と諭すこともできません。ですから、自分の課題として、證大寺で学んだ「同じ目線に立つ」ことを基本にし、一緒の方向を見ながら「荒波」を「さざ波」くらいの緩やかさにできるお手伝いをしていきたいです。私の好きな言葉であり目標は「世の中安穏なれ、仏法広まれ」。仏法は私の中で「自分ごとの問題」として受け止めさせてくれる大事なものです。今後も遠い福岡から、證大寺で学んだ仏法を、できる限り広めていくのが自分の使命だと思っています。